『近頃の不摂生を春の所為にしていた。
鼻先を掠める温い空気が節制の心を拐かすのである。
しがなさを春に問えば「それで良いの。」と答えた。
私は諦念に暮れていた。…』
十代の半ばの頃、彼は季節の恋人だった。
冒頭は、彼の詩作の一節である。
彼の通う中学校の授業で発表する自由詩であったが、彼は努めて、つまらぬ作品を聴衆に披露することのないように細心の推敲を重ね三寸程の鉛筆でとうとう校了したのだ。
その披露を明日の三時限目に控えた前夜、同級の空腹をどう紛らわせてやろうかと思い耽りながら床に就いたところ、ふと、クラスに「小春子」という女子が居たことを彼は思い出した。
眉の上、前髪を真一文字に揃えた、取り立てて目立つ部分も無い女子であった。
確か「春ちゃん」と呼ばれていた気がする。
それは別段、気に留めることでもなかったが、先程の自分の詩のレトリックが季節の春の擬人化であることを思い返し、彼は後悔した。
中学などという狹く小さい社会において、男女関係の仄めかしとも受け取れる表現が、我が詩に邪推を抱かれるのではないかと不安になったのである。
彼は布団から這い出し、卓上の電灯を点け、消しゴムを手に取り、原稿に目を走らせながら、どうにか校正の余地は無いかと探った。
しかし、懊悩しながら読み返す内に、自分で自身の文章に校閲を施すことの無粋さを感じ始めた彼は、そのうち自分の詩から引用するようにして「それで良いか。」と呟いて再び布団へと戻った。
結果はどうあれ、聴衆の一時の気の紛らわしにでもなるのであれば、それは本懐だと思ったのである。
窓から温い風が吹いた。
詩の主題を『思春期』とした。
彼は相応しい主題だと感じた。